1983-01-24 第98回国会 参議院 議院運営委員会 第2号
古瀬嘉時長君 庶 務 部 長 原 度君 管 理 部 長 安部 廉君 渉 外 部 長 伊藤 義文君 国立国会図書館側 館 長 荒尾 正浩君 副 館 長 陶山 国見君 総 務 部 長 高橋徳太郎君 ───────────── 本日の会議に付した案件 ○理事補欠選任の件 ○故議員戸叶武君
古瀬嘉時長君 庶 務 部 長 原 度君 管 理 部 長 安部 廉君 渉 外 部 長 伊藤 義文君 国立国会図書館側 館 長 荒尾 正浩君 副 館 長 陶山 国見君 総 務 部 長 高橋徳太郎君 ───────────── 本日の会議に付した案件 ○理事補欠選任の件 ○故議員戸叶武君
○事務総長(指宿清秀君) 議員戸叶武先生には、去る十二月二十五日、冠状動脈硬化症のため、東京都新宿区の自宅において逝去されました。謹んで御報告いたします。 本委員会の理事会におきましては、協議の結果、お手元にお配りしてあります案文の弔詞を贈呈することに決定いたした次第でございます。
午前十一時七分式を終わる ─────・───── 昭和五十八年一月二十四日(月曜日) 午後二時三十二分開議 ━━━━━━━━━━━━━ ○議事日程 第二号 昭和五十八年一月二十四日 午後二時三十分開議 第一 国務大臣の演説に関する件 ━━━━━━━━━━━━━ ○本日の会議に付した案件 一、故議員戸叶武君に対し弔詞贈呈の件 一、故議員戸叶武君に対する追悼
〔総員起立〕 参議院はわが国民主政治発展のため力を尽くされさきに農林水産委員長運輸委員長等の重任にあたられました議員従三位勲一等戸叶武君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます 弔詞の贈呈方は、議長において取り計らいます。 ─────────────
議員戸叶武君は、昨年十二月二十五日逝去されました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。 つきましては、この際、院議をもって同君に対し弔詞を贈呈することといたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(宮之原貞光君) すでに御承知のことと存じますが、去る二十六日の午後七時過ぎ、戸叶武君は自宅におきまして逝去されました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。 同君におかれましては、本委員会委員として長年御活躍されてまいりましたので、この際、同君の長年にわたる御功績をしのび、各位とともに黙祷をもって御冥福を祈りたいと存じます。 それでは、御起立をお願いいたします。黙祷。
すでに御承知のことと存じますが、本委員会の委員でございました戸叶武君は、去る二十五日、逝去されました。まことに痛惜哀悼にたえません。 ここに、皆様とともに同君をしのび、謹んで黙祷をささげ、心から哀悼の意を表し、御冥福をお祈りいたしたいと存じます。 それでは、皆様の御起立をお願いいたします。黙祷。 〔総員起立、黙祷〕
○戸叶武君 えらい鬼っ子が生まれたもので、そのことは答弁しなくてもよろしゅうございます。 私は、前の鈴木総理大臣にも、総理がアメリカのレーガン大統領に最初にお目にかかりに行くという直前に質問をいたしました。
○戸叶武君 政務次官としては誠意のある御回答かと思いますが、私は国家多事の折、重要問題が幾つか横たわっているときに、総理大臣が私は改憲論者でありますという冒頭発言というものは非常に不謹慎であって、日本の今日のむずかしい国家の中枢にある総理大臣としてはえらい不適格者を選んだなという感じを受けるのでありますが、あなたはどう感じますか、常識的に。
○戸叶武君 御異議ないと認めます。 それでは、委員長に宮之原貞光君を指名いたします。 ───────────── 〔宮之原貞光君委員長席に着く〕
青島 幸男君 ○公害及び交通安全対策特別委員(二十五名) 石本 茂君 大石 武一君 加藤 武徳君 梶原 清君 亀長 友義君 山東 昭子君 関口 恵造君 内藤 健君 中村 太郎君 原 文兵衛君 平井 卓志君 福島 茂夫君 増岡 康治君 穐山 篤君 戸叶 武
昭和五十七年十月十三日(水曜日) 午前十時三分開会 ————————————— 委員の異動 十月十二日 辞任 補欠選任 戸叶 武君 山田 譲君 宮之原貞光君 大森 昭君 ————————————— 出席者は左のとおり。
昨十月十二日、戸叶武君及び宮之原貞光君が委員を辞任され、その補欠として山田譲君及び大森昭君が選任されました。 —————————————
辞任 補欠選任 小笠原貞子君 安武 洋子君 田渕 哲也君 三治 重信君 九月三十日 辞任 補欠選任 対馬 孝且君 小谷 守君 十月六日 辞任 補欠選任 赤桐 操君 対馬 孝且君 粕谷 照美君 宮之原貞光君 山田 譲君 戸叶 武
また、昨十月六日、粕谷照美君、山田譲君及び赤桐操君が委員を辞任され、その補欠として宮之原貞光君、戸叶武君及び対馬孝且君が選任されました。 —————————————
○戸叶武君 徳川時代の爛熟したときの文化人に蜀山人という方がありました。櫻内さんや私らよりもおもしろい方で川柳なんかもはやらせた方であります。
○戸叶武君 このたびの教科書問題が政治問題化したことは、問題が中国側にあるのでなくて、日本側における少なくともいまの鈴木内閣における閣内不統一と言ってもよろしいような、文部省は文部省のメンツにとらわれ過ぎ、外務省の意見というものにほとんど取り入れられないで、文教族と言われる人たちのウルトラ右翼的な考え方が外国を刺激すること非常に大きなものがあったと思うのです。
○戸叶武君 今日の外交というものはきわめてスピーディーに物に対処しなければならないので、タイミングを逸しては外交においてはその機会を失い、成果というものがなくなってしまうおそれがあるのです。
片岡 勝治君 片山 甚市君 勝又 武一君 川村 清一君 小谷 守君 小柳 勇君 小山 一平君 佐藤 三吾君 坂倉 藤吾君 志苫 裕君 鈴木 和美君 瀬谷 英行君 田中寿美子君 高杉 廸忠君 竹田 四郎君 対馬 孝且君 寺田 熊雄君 戸叶 武
本岡 昭次君 馬場 富君 中村 鋭一君 委 員 石本 茂君 梶原 清君 関口 恵造君 内藤 健君 山崎 竜男君 戸叶 武
渋谷 邦彦君 委 員 安孫子藤吉君 大鷹 淑子君 中山 太郎君 夏目 忠雄君 秦野 章君 宮澤 弘君 田中寿美子君 戸叶 武
○戸叶武君 なかなか外務大臣にもお目にかかれないので、総理大臣の鈴木さんや外務大臣の櫻内さんは、現場に触れて、体で物を確かめようという非常に精神の旺盛な方で、そういう意味においては、観念的な実証主義学者よりも体でぶつかって受けとめて、そして問題の中から直観と決断においてタイミングを逸しない一つの政治的な配慮をしようという新しいタイプの政治家として、人物私見においては非常に日本の政治史の中で興味ある人物
○戸叶武君 今度はもっと細かいところに入りますが、私は単なる演説をやっているんじゃない。ただ単に国会が、だんだん行政権の膨張によって、小国家と言いながら事実上は行政の拡大によっていつの間にか最高機関というものが内閣に従属するような形になって、官僚国家になりつつあります。日本の官僚は、フランスの官僚以上に危機を感じてよく勉強していてくれます。
渋谷 邦彦君 委 員 安孫子藤吉君 大鷹 淑子君 中山 太郎君 夏目 忠雄君 秦野 章君 宮澤 弘君 田中寿美子君 戸叶 武
○戸叶武君 この間アルゼンチンにおける島の中に、一番小さな島にイギリスの主権が残っているというのでイギリス大使とのお話し合いをしたところが、東洋における香港とその二つだけしかもう植民地がイギリスにはなくなったんだと。
鳩山威一郎君 松前 達郎君 委 員 安孫子藤吉君 大鷹 淑子君 秦野 章君 藤井 孝男君 宮澤 弘君 田中寿美子君 戸叶 武
○戸叶武君 大体この条約に対する質問の問題点は松前君から詳細に質問がなされたので、私はダブることも必要といたさないと思いますので違う角度から若干の質問をいたします。 今度のサミットの会はいろんな意味において世界の注目を浴びておりますが、米ソの核兵器制限に対する具体的な成果をどのように上げるかということはまだ今後にかかわっていると思います。
戸叶武君から裁判官訴追委員を辞任いたしたいとの申し出がございました。 これを許可することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○戸叶武君 その程度ですか。農協なんかの動きも一時は活発にあり、総評ですらも見ちゃいられぬという一つの動きがあったんですが、あれが途中でかけ声だけに終わっているのは、国際情勢が複雑、微妙で、外務省あたりでもう少し慎重にというお声がかりでもあってああいう結末になっているのか、何か物事が歯切れが悪くって困るんですが、どうですか、それは。
○戸叶武君 はい、じゃ終わります。